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観劇、LIVE覚書

Dietrich 20121117

Dietrich

森ノ宮ピロティホール
2012.11/16〜18

脚本・演出:吉川徹
訳詞・作詞:竜真知子


1992年、世界中の人々から愛された1人の女優が永遠の眠りについた。
戦争、冷戦、祖国ドイツの長きにわたる東西分断を背景に、傷つくことを怖れず、強く自由な人生を貫いた女性。
偉大なる作家アーネスト・ヘミングウェイが彼女の障害を物語る。
その女(ひと)の名は、マレーネ・ディートリッヒ
(パンフレットより抜粋)


さて。やっとやっと。
やっとやっとやっとのディートリッヒです!
これで龍ちゃんは今年見納め。
ほんとは蝶々夫人だって行きたい(会社休んで)
クリスマスパーティだって行きたい(なんもかんもをぶっちして)
クリエだって行きたい(チケット取れなかったなんて初めてだよ)
そんな色んな想いを抑えこんで、心して観てきました。
以下、いつも通りの感想です。

実在の人物を描く物語。というので、伝記的な感じかな〜と思ってたんですが、めっちゃ濃いヒューマンドラマでした。
家族ものと友人ものと青春ものにめっきり弱いので、一幕からもうたまんなかった・・・!
特にディートリッヒとお母さんの関係。繋がり。親子の愛。
お母さんがディートリッヒを呼ぶ時に「私の」「かわいい」って必ず頭につけるんですよ。「私のマレーネ」って。
日本てあんまりそうゆう習慣ないじゃないですか。でもそれが違和感なくすんなり頭に入ってきて、お母さんがどんだけ娘を愛してるかって言うのが伝わってくるんです。
マレーネもお母さんのことを愛していて、アメリカとドイツで離ればなれの時もずっと彼女のことを案じていました。
ドイツ人のマレーネがチャンスを掴んでハリウッドで成功し、そんな時に大戦が起きて家族がばらばらになってしまう。
マレーネはお母さんもアメリカに来るよう進めるけど、国は捨てられないと拒む母。
もちろんマレーネ自身も国を捨てるつもりはないし、生まれ育ったベルリンを今でも愛してる。
お互い大事に思っているけれど、越えられない一線。国境と民族。
言い尽くせない様々な心情が歌になって、その美しいメロディにもう涙腺崩壊・・・アイラインぐっずぐずになりました。
こう、セリフで言うと伝わりにくかったりするところを、歌にするだけでこんなに胸に響くのかって言うのがミュージカルのいいところだよなとしみじみ思いました。

そして、いいなと思ったのはやはり脇の方々。
マレーネの友人でデザイナーのトラヴィス(通称トラちゃん、オネエ)はコミカルで楽しい。
ヘミングウェイが出てくると場にずっしりした重みみたいなものが漂うけど、暗いものではなく、温かさを感じる。
エディット・ピアフは彼女だけでも1タイトルになるだけあって物語があるし、その彼女の人生とマレーネとの関係が素敵だった。
みんながマレーネを愛していて、マレーネもみんなを愛してる。
とくにピアフとの関係なんて、中々そこまで深く信頼してわかり合える友人て得ることができないよなと感動しました。
劇中でピアフの1人語りがあって、何故彼女がメインのように取り上げられているんだろうってちょっと不思議に思ったんですが、その後の展開に繋がる布石で、もう、こっちの心を抉ってくる演出にここでもまた涙。
基本色恋沙汰では泣かないんですが、恋人を失った女の悲しみというより、人生の慟哭って言うほど激しい悲しみに身悶えるピアフにこちらも揺さぶられました。荻野目さんのちっさな体がまたその悲しみを倍増させるんだ。

マレーネの恋の話は、正直ちょっとびっくりだった。
フランスで出会ったギャバンと恋に落ちてそうゆう中にいつのまにかなっていたんだけど、離婚したのかな〜そんな話出てなかったよな〜って思ってたら、ルドルフとの婚姻は続行中で、だから浮気?になるのかな。
夫公認の浮気。
えぇ〜ってびっくりしたんだけど、ルドルフが彼女のことを金づるだから別れたくないとかそんなんで放置してるわけじゃなく、自由な彼女を愛してるって理由らしく、どんだけ心広いの!?と。
そりゃ娘のマリアも複雑だよね・・・。
そういえば、マレーネとお母さんの繋がりがそりゃもう深く濃く描かれていたんだけど、反面夫や娘との関係は余り描かれてなかった。それだけ希薄だったということなのか、彼女の人生において母の存在がそれだけ大きかったのか・・・。
うーん、勉強不足でなんともですね。やっぱりちょっとは事前に勉強してから観ないとだめだなと毎回思います。毎回って事は懲りてないって事なんだけれどね。

マレーネの人生に絡めて無視できない事が第二次世界大戦ナチス
ベルリンにいる母親はいわば人質同然だっただろうに、アメリカの慰安大使(でよかったかな汗)となった彼女。
祖国を裏切ったと罵られ、ドイツ女と蔑まれ、それでも信念を貫いた彼女を支えたのは、ここでも母親との絆だったと思う。
時代が時代だし、一歩間違えたら母親は見せしめになっていただろう。でもそれをさせない為に彼女は声を振り絞って訴えていたんじゃないかな。って思うのはメロドラマ過ぎる?
でも、よく無事だったなと思わずにはいられない。実際、どんな状況で息抜けたかは舞台の上では語られなかったけど、相当過酷だった事は想像できる。
戦中、マレーネと母親が電話で話すシーンがあるけれど、もう胸がぎゅーって苦しくなって仕方がなかった。
こんな理不尽なことってない。でもそれが実際にあったことで、今もどこかではそれがまかり通っているのが悔しいし悲しい。
正面切って戦い抜いたマレーネはどれだけ強かったのか、その強さの根底にあるのは全て愛なんだと語っていたのが、戦時中移動の時に起きた出来事だった。
ドイツ軍に待ち伏せをされて護衛部隊が全滅してしまった中、まだ粋のあるドイツ軍少年兵に駆け寄るマレーネ
待ち伏せされているのがわかっている状態で進むことは出来ないからと冬の山越えを足で越える事になるけど、少年を置いてはいけないと嘆く彼女と、怖れ脅える少年に歌いかける声の切なさがまた涙を誘いました。
パンフレットにも書かれていてこの曲だと思うんだけど、リリー・マルレーン
聖母のようなマレーネに、敵味方なく愛唱されたのは納得。
結局、誰も戦争とかしたくないんだよ。あったりまえなんだけど、その当たり前が通らない時代の悲しみが凝縮された名場面だった。


もう一幕は胸が苦しくて苦しくてどうしようもなかったんだけど。二幕冒頭が明るく始まってくれて気分一新。
軽やかで明るい曲、戦争が終わった祝福が一杯詰まってた。
その後すぐお母さんが亡くなってしまってまた胸がぎゅっとなったけど、その後はピアフのエピソードを絡めてマレーネの後半人生。
衰退期、になるのかな?
映画の仕事が減る一方で、ラスベガスでのコンサート依頼。
そこでやっと出てくるバカラック!!!龍ちゃん!
かっわいい!の一言。マレーネには「ぼうや」って呼ばれるし、トラヴィスには狙われるしでかなりコミカルな役。
一幕はアンサンブルとして色んな場面で出ていたし、二幕もバカラックとアンサンブルを兼ねてるようなところがあって、ソロ曲はなかったけど、パートとして「お!」と身を乗り出しちゃうような美味しいところがあってファンとして嬉しかった。
あの茶髪エンジェルヘアーもアンサンブルの中から見つけ出すのに便利。もちろんそんなのなくても見つけられるんだけど!似合っててかわいいんだよね〜エンジェルヘア!
ラヴィスとの絡みでかなりコミックメーカーぽい役回りだったけど、マレーネの世界ツアー(?)ベルリン公演で反発が起きた時は厚い一面も見せてくれて、バカラックの音楽にかける情熱が、龍ちゃんの舞台にかけるそれにダブって見えました。
ミュージカルのことを語る龍ちゃんて、ほんと楽しそうでいいんだよね。
その、ベルリン公演で反発が起きた時も周りが公演中止にしようって言う中、マレーネは中止にはしないって真っ向から戦っていた。
そんな彼女を救ったのは戦中、あの時助けた少年兵だった。
読める展開ではあったけど、それでも感動しちゃったんだ。トラヴィスがさ、米軍には迷惑かけないってオネエのクセに雪中行軍で彼を背負って山を越えたのよ。
少年を見て「あの時の・・・」って驚くトラヴィスと、言葉もないマレーネ
そこから何かするマスコミとベルリンの人々。
ようやく、マレーネが祖国に帰れた瞬間だったのかな。


その後の人生はかなりはしょられて、ベルリンの壁崩壊後、彼女は他界する。
ベルリンの壁が壊されて電話のベルが鳴り響く彼女の屋敷の様子から、それまでも彼女が戦ってきたことが語られていた。
世界に愛され、世界を愛していた女性。
劇中では何度も彼女を「自由な人」と言い表していたけれど、今の私たちが使う「自由」とはかなりかけ離れていると感じた。
信念と責任と強固な意志に基づく「自由」
それは痛みも苦しみも真っ向から受け止めて、戦うからこそ得られるんだろう。
私にはその覚悟も信念もないなぁと我が身を振り返ると、眩しさに胸の奥がツンとするのでした。